以下はメルマガからの転載です。
第88号 清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~
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TPPと自動車の安全
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依然として続くTPP交渉の中でクルマの安全基準が議論されています。
最近では、まるで日本の基準が厳しいために、アメリカのクルマの輸入障壁
となっているという内容の報道がされ、それに強い疑問を感じるのは私だけ
ではないでしょう。今回のメルマガではTPPでは具体的に何が問題となっ
ているのか考えてみたいと思います。
TPPとは環太平洋経済連携協定の略ですが、太平洋に隣接する国同士が
活発な自由貿易を行うことができるようにするルール作りの協定です。しか
し、それぞれの国では守りたい産業や農産物があるので、そう簡単には各国
の利害が一致しません。そこで、ある一定の協調路線を取ることで国家間の
通商が活発になり、結果経済発展できるという考えなのです。TPPのメリ
ットとデメリットを激しく議論しながら、自民党が政権に返り咲いて以降T
PPの参加が加速しています。
しかし、この正反対の立場をとっているのがアメリカの自動車業界です。
アメリカの自動車産業関係者は、もっと日本にアメリカ車を売りたいと思っ
ていますがなかなか販売台数は伸びません。そこで日本でアメリカ車が売れ
ない理由の一つに「日本の基準は厳しい」と批判する声が聞こえてきます。
このままTPPを進めるとアメリカの自動車産業はもっと日本車にやられて
しまうという1980年代のトラウマから抜けだせないのです。
このような理由からアメリカの自動車産業のロビー団体である「米自動車
通商政策評議会」は日本のTPP加盟に反対しています。その理由の一つは
おかしいもので、日本政府は為替に介入したり、意思決定が遅いことなどを
挙げているのです。しかしこと関税に関しての現状は、日本車がアメリカに
輸出すると約2.5%ほどの関税が課せられていますが、日本への輸入は完
全に非課税です。どっちがアンフェアなのでしょうか?
さらにTPP交渉の裏側では様々な駆け引きが行われています。日本では
担当省庁は外務省のため、自動車安全基準の緩和問題も本来担当すべき国土
交通省が蚊帳の外におかれています。自動車の安全において実務者同士が進
めている国際基準調和とは、まったく別の次元の交渉が進んでいるのです。
前置きが長くなりましたが、TPPについて報道されている日本の安全基
準の緩和などまったくありえない誤解なのです。4月23日、TPPに関す
る菅義偉官房長官の記者会見では「自動車産業は日本の基幹産業なので安全
基準は絶対に譲るべきではない」と答えていました。このニュースだけが報
道されると、まるで日本がアメリカに対して厳しい基準を持っているような
印象を与えてしまいます。
しかし自動車の安全基準に関しては、日本とアメリカは異なる制度をもっ
ているため、ここで重要なのは基準の中身よりも文化の違いが大きいのかも
しれないということです。日本は政府が安全基準の許認可権を持つのに対し
て、アメリカはメーカーの責任で基準を満たしています。色々な企業が自動
車産業の参画できるようにした社会制度ですが、基準を守らないメーカーは
どうやって対処するのでしょうか? ここがアメリカらしい考え方です。徹
底した情報公開とリコール制度がメーカーに自主努力を促しているのです。
例えば、ワイパーのゴムに問題が発生しても、リコールですし、メーカーは
つねに「バッドニュース・ファースト」の精神で取り組む現実があります。
さらにアメリカ政府はメーカーごとの安全性能の差を評価するために、N
CAPという新車の安全情報を80年代から公開しています。実際の法基準
よりも少し高い速度で衝突させていますが、たとえば前面フルラップテスト
では基準が30MPH(48km/h)であるのに対して、NCAPでは3
5MPH(56km/h)です。法基準よりも情報公開とNCAPでアメリ
カの自動車ユーザーの安全を守っているのです。
日米でもっとも基準が異なるのがエアバッグかもしれません。アメリカで
はシートベルトを装着しない乗員も守るのがルールなのでエアバッグの出力
は大きくなります。そのためにエアバックの加害性で実際に命をなくしたケ
ースもありました。一方、日本と欧州はシートベルトを前提としているので
アメリカよりもエアバッグの爆発力は少なくなります。それゆえに「SRS
」(補助拘束装置)とハンドルに明記しています。
さらにアメリカは司法の場でもPL裁判(製造物賠償責任)がユーザーを
守っています。メーカーには多額な賠償金が待っているので、安全には手を
抜けない仕組みです。これは自動車の安全基準に関して、「メーカーが最善
を尽くしたかどうか」が陪審員の審議のポイントとなるという意味です。自
動車安全に関してアメリカが緩くて日本が厳しいというのはまったくの誤解
であり、社会制度の違いなど全体の文脈の中から判断しないといけない非常
にデリケートな問題ということがわかります。
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