2012年2月11日土曜日

今日から医師国家試験

総師長が息子の合格祈願をしてきてくれた(受かったら私のいる病院で研修開始です)


今日から全国で医師国家試験が始まった。

我が家では沖縄で上の息子が受験中。

先日「がんばれよ」とメールしたら「がんばりまーす」と素直に返事が返ってきた。

まあ、彼の事だから心配はないと思っているが・・。

35年前に私も受けたんだよね。

受かっても、これからが長いんだぞ!

がんばれよ、みんな。

2012年1月24日火曜日

福島原発からの放射性物質放出増加だって!

福島原発事故による放射能汚染があちこちで問題になってるのはよく見聞きする話で、困った事にあまり驚かなくなっていた。

事故直後に辺り一面に降り注いだ放射性物質がその後の雨などで集まって特定の場所に「ホットスポット」を作り出しているとは知っていた。東京湾の汚染も深刻だよね。

 でも、いまだにこんなに多くの「放射性物質が放出」され続けているとは知らなかった。
これって毎時0.7億ベクレルという事は毎日16.8億ベクレルだよ。
 それまでの毎時0.6億ベクレルを基準に考えると毎日14.4億ベクレルで、毎月だと432億ベクレル。一年で5184億ベクレルの放射性物質が環境に放出され続けるってことなんですね。
 いつになったら放出が止まるのかと考えたら、とんでもない話ですよ。これ!

 決して忘れてはいけない原発事故とその恐ろしさ。最近、格納容器が予想外に核分裂による放射線のために劣化が著しいとの報告もありました。

 点検停止した原発の再稼働は反対!

 ましてや原発の稼働年数を40年から60年に延長するなんて話も、それこそとんでもない非常識です。



福島原発で放射性物質の放出増加 内視鏡調査などが影響か


2012年1月23日 21時24分 KYODO NEWS

 東京電力は23日、福島第1原発1~3号機からの放射性物質の放出量が毎時0・7億ベクレルとなり、昨年12月の同0・6億ベクレルから増加したと発表した。2号機の内視鏡調査の準備や3号機周辺の解体作業で放射性物質が舞い上がったのが原因と東電はみている。東電によると、1号機の放出量は昨年12月の5分の1程度に下がったが、2、3号機でそれぞれ0・1億ベクレル増えた。

2012年1月2日月曜日

10年ぶりの高校の同窓会

卒業以来40年。
今日、10年ぶりに城南高校の同窓会がありました。
私も含めて70数名が集って旧交を温めましたよ。
恩師は亡くなった方も多く、体調不良などで一人も出席なしでした。
10年経つとますます顔がわからなくなって、特に女子にその傾向が強かったかも。
何と言っても、みんな後1−2年で還暦だからね。
既に19人が物故者となっていて、最初に黙祷を捧げましたがこの次の10年で相当数増えるのかなあ。
また、10年後に元気で会おうね!

2011年12月30日金曜日

下の息子が帰省中


下の息子が京都から帰省中。

大学に入った後は家におきっぱなしだったヴァイオリンを持って帰るそうです。

5年ぶりくらいにヴァイオリンを引いて聴かせてくれました。

高校3年までの10年あまりは兄と一緒に毎週個人レッスンに通ってましたけど、練習嫌いで先生も最後はあきらめていましたが・・。

時々は聴かせてほしいね。

2011年11月6日日曜日

今年の休暇は温泉巡り




一昨年から毎年、秋にまとまった休みを取って夫婦で旅行に出かける事にしている。

今回も始めはドイツへいくつもりでチケットも用意していたけれど、職場の急な事情で中止。

やむなく国内に切り替えて期間も短縮して3泊4日の九州温泉巡りになった。

JRの「フルムーン」というチケットで5日間乗り放題&グリーン車もただという便利なもの。

初日は大分の湯布院で泊って、翌日はレンタカーで阿蘇へ行き夕方に熊本の黒川温泉に到着。

ここが一番よかったけれど、急な予約だったので連泊はできず残念。

次の日は山口の湯田温泉に行きました。学生の頃一人旅で泊った記憶があったけれど全く別ものになっていました。なにせ、40年近くも経つものね。でも、泉質はよくて満足。

帰りに広島で途中下車して「広島焼き」を食べてからかえって来ました。

それなりに気分転換にはなったけど、もう一つ吹っ切れなくて不眠が続いたので身体的には疲れたね。

遠くても休みにやっぱりはヨーロッパがいいな。

2011年10月12日水曜日

じわじわ広がる放射線物質


怖いですね。風に乗って飛んでいくからどこまで広がるのかわからない。

知らない間にいつの間にか放射線物質に汚染されている環境にいる事になる。

わかったところで、ここまで広がると個人的には対応のしようがないような・・。

こんな危険な「原子力発電所はもういらない」という事でしょうか。


<放射性物質>横浜でストロンチウム検出 80キロ圏外初



2011年10月12日 11時24分 (2011年10月12日 12時30分 更新)





 横浜市港北区のマンション屋上で、放射性物質のストロンチウムが検出されたことが、民間分析機関の調査で分かった。同市は調査結果を受けて再検査を始め、近く結果がまとまる見通し。東京電力福島第1原発の80キロ圏外でのストロンチウム検出は初めて。
 マンション屋上にたまった堆積(たいせき)物を住民が採取し、8月に「同位体研究所」(同市鶴見区)で測定したところ、ストロンチウム90(半減期約30年)を1キロ当たり195ベクレル検出。9月中旬、市に連絡があった。
 横浜市は福島第1原発から約250キロ。ストロンチウムはこれまで福島市など80キロ圏内では検出されていたが、文部科学省原子力災害対策支援本部は「横浜での検出は確認中だが、検出されれば80キロ圏外では初めて」と話している。
 市は当初、ストロンチウムの検査は予定していなかったが、研究所の調査結果を受け、区内3カ所で測定を進めている。
 ストロンチウム90は文科省の3月下旬〜5月上旬の土壌調査で、福島第1原発から29キロの福島県浪江町で250ベクレル、36キロの飯舘村で120ベクレル、62キロの福島市で7.7ベクレル検出されている。【山下俊輔、杉埜水脈】


 【ことば】ストロンチウム
 半減期が約50日のストロンチウム89と同約30年のストロンチウム90がある。カルシウムに似た性質があり、体内に入ると骨に取り込まれやすく、骨のがんや白血病の原因になる恐れがあるとされる。

2011年10月7日金曜日

ジョブズ氏死去


 
2011年10月6日 11時41分 (2011年10月6日 12時34分 更新)


スティーブ・ジョブズ会長の死去を伝える米アップル社のホームページ=2011年10月6日午前11時43分撮影

 【ワシントン平地修】「アップルは先見性がある独創的な天才を失い、世界は驚嘆すべき人物を失った」。5日夜、創業者のスティーブ・ジョブズ氏の死去を発表した米アップルは、ホームページにトレードマークの黒いタートルネック姿のジョブズ氏の写真を掲げ、「彼の精神は永遠にアップルの基礎となるだろう」と、IT業界のカリスマの死を悼んだ。  アップルは、ジョブズ氏の主導で開発され、同社の業績を大きく飛躍させたスマートフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」の新機種「4S」を4日に発表したばかり。発表の場にジョブズ氏が現れるのではないかとの期待も出ていただけに、突然の訃報は米国だけでなく、全世界を衝撃をもって駆け巡った。  ジョブズ氏は55年、大学院生だった未婚の母の下に生まれ、生後すぐに養子に出された。米リード大学を中退後、20歳の時に自宅のガレージでアップルを創業。コンピューター「マッキントッシュ」などを発売し、10年後にはシリコンバレーで従業員4000人、年商20億ドル(約1650億円)の新興企業に育て上げた。  30歳で共同経営者との路線対立からアップルを退社。その後、アニメーション会社ピクサー・アニメーション・スタジオを買収し、映画「トイ・ストーリー」などの製作を手がけた。97年にアップルの経営に復帰すると、米マイクロソフトとの提携や大規模なリストラなどで低迷していた業績を再建した。  すべての製品の経営判断にかかわり、98年には丸みを帯びたデザインと鮮やかなツートンカラーが話題を呼んだパソコン「iMac(アイマック)」を発売。01年発売の携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」や07年発売のアイフォーンなど、斬新なデザインと新しい機能を兼ね備えたヒット商品を次々と発表し、経営手腕は「魔術師のよう」とも賛辞を浴びた。  ただ、自社商品へのこだわりの強さゆえに時に強引と評されることも。10年に発売した新型のアイフォーン4が、アンテナの設計上の欠陥から、米国で受信感度が落ちると指摘された際には、他社のスマートフォンでも同様の問題があり、アップル固有の問題ではないと強弁。会見で男性が「嫌なら買うな」と歌う動画を流す場面もあった。  ジョブズ氏は今年8月の退任後も、その病状やアップルの経営への関与度合いが大きな注目を集めてきた。同社の「顔」であることは変わらず、精神的支柱だっただけに、今後の経営にも少なからず影響を与えそうだ。
 ◇「ハングリーであり続けろ」

 「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」。スティーブ・ジョブズ氏は05年の米スタンフォード大学卒業式で行われたスピーチの最後に「みんなにもそうあってほしい」とこう呼びかけて締めくくった。すでにがんと診断されて1年。米カリフォルニア州の情報技術(IT)先進地、シリコンバレーで次世代を担う若者たちに伝えたい最後のメッセージが、ハングリー精神だった。

 ジョブズ氏は演説の中で、がんと診断された後の死生観について「古きものは消し去られる」と心境を告白。「時間を無駄に過ごしてはいけない」「自分の心と直感に従う勇気が大切だ」と説いた。

 シリコンバレーで医療技術分野のコンサルタントをしている元スタンフォード大客員教授の金島秀人氏(58)は「ジョブズが訴えるハングリー精神は、決して金もうけや上昇志向ではなく、自分の感性を信じて挑戦する創造的な姿勢だ。それこそがシリコンバレー精神の本質だ」と語る。

 ジョブズ氏は1970年代半ばからサンフランシスコ近くの禅センターに通い、仏教を学んだ。講演ではよく禅の教えを引用し「他人の価値観に振り回されないよう、無駄をそぎ落とせ」と強調していた。ロサンゼルスの日米文化会館で芸術監督を務める小阪博一さんは約20年前、会議で立ち話をした際、ジョブズ氏が「(仏教を海外に紹介したドイツ人哲学者)ヘリゲルの本『弓と禅』を読んだ」と、いかに禅の影響を受けたか話していたのを思い出すという。

 ジョブズ氏は04年にがんと診断された後、3度にわたり休職と復帰を繰り返し闘病してきた。いつも入院先は明かさず、8月にCEO退任を役員に伝えた後はメディアを含む外部と連絡を絶っていた。【ロサンゼルス堀山明子】